心理学が科学である理由とは

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皆様、こんばんは

久しぶりの投稿になってしまいました。

毎日書きたいと思いながらも、このように長い間更新が止まったことを大いに反省。

ベレッツア
継続が大事ですよ

と言いながら、自分が継続できていない。

 

ということで、今回は振出しに戻って、心理学が科学である根拠、その根源に関わるところについて触れてみたいと思います。

今夜のお題は、「心理学が科学である理由」

それでは、今回もよろしくお願いいたします。

 

科学とはどんなもの?

まず、科学とはどういったものを指すのでしょうか

科学に分類されるもので思いつくものとは、物理学、生物学、数学、医学など自然科学の分野がまず思いつきますね。

 

そして、経済学、経営学など、社会科学も科学の一分野です。

また、言語学、文化人類学、哲学、宗教学、そして私の得意とする心理学といった人文科学も科学に分類されるでしょう。

 

ここまでいくと、

何でも科学に含まれるんじゃないの

と言われそうですね。(笑)

 

では、科学に含まれないところとは、どういった分野なのでしょうか。

たとえば、あなたが持っているジンクスなんて、科学に含まれないけれどそれらしいものになるかもしれません。

 

「十円玉を握っていれば、パチンコに勝つ」

とか、

「打席に立って腕まくりをするとヒットが打てる」

なんてものですね。

 

その人にとっては、大切な行為ですが、他の人から見れば、

他の人
そんなの関係ないじゃん。

と感じるところ。

 

他には、縁起物もそうでしょう。

「商売繁盛、笹もってこい」

とか、

「鼻緒が切れたら、悪いことが起こる」

とか。

 

信じる人にとっては、それはもう大切なことかもしれませんが、

客観的に考えると、

他の人
なんじゃ、それ。

なんですよね。

 

 

科学と非科学の違い

ここで、ちょっと科学と非科学の違いについて考えてみましょう。

科学と非科学の違いってよくよく考えてみると、線引きが何処かわからくなって来ます

 

「あしたてんきになあれ」

って、下駄を蹴り上げて表が出たら晴れで、裏が出たら雨、横を向いたら曇り。

なんてことをしますが、(今どきしないか。)

これは科学でないような気がします。

 

でも、

聖書なんか、

ホントに、そんなのあったの?信じらんない。

というようなエピソードが山盛りです。

 

イエス様が生き返った

とか、普通ではありえないですよね。

 

でも、宗教学は、科学なんです。

この違いはどこにあるのでしょうか。

 

感覚的には、

科学は公明正大に言っても、誰はばかることなく大声で叫べる内容であること。

非科学はこそこそしないと後ろ指を指されるような偽物の公式である。

といった違いがあるようにとらえられがちです。

 

しかしながら、

余りにも感覚が強く出過ぎて、この判断では、万人に共通になりえません。

 

ある人は、「科学」

またある人は「非科学」

というんじゃ定義にならないんです。

 

じゃ、どこで線を引くか。

 

ここで出てくるのが、

カール=ポパーという20世紀を生き抜いた科学哲学者

彼は、オーストリア出身のイギリスで活躍した哲学者です。

ウイーン大学で哲学の博士号を取っています。

こんな感じの人。

 

で、彼が何をしたかというと、

科学を定義したんですね。

 

科学をどう定義したかというと、

科学理論は実験(客観的データ)によって検証できなければならない。

としたんです。

 

かみ砕いて言うと、

誰が見ても聞いても「そうだよね~」というしかないデータで固めること。

なんですね。

 

まあ、人間が定義したことだから、反論する人もいるのはいるのですが、

概ね、一般にこの説が今も通っています。

 

「実験で検証出来ることとは、反証可能性をなくすこと」ともいわれています。

反証可能性をなくすこととは、

違うじゃん。

と言われないように、反論をしらみつぶしに潰していくこと。

 

ここで、よく使われる手法が統計学です。

データをいっぱい集めて、確率的に妥当だよね。って言いきることです。

 

ちょっと横道にそれますが、

統計学では、一般的に95%信頼区間を採用するので、両端の5%は切り捨てられます。

 

つまり5%の確率で理論は崩れるんです。

(細かく言うと、ベイズの定理を使うかt検定に頼るかで変わるのですが、本筋から離れすぎるし、ここではあまり関係ないので省略・・)

 

で、データを集める手法が科学技術だと、実験室で、データを集めるんですね。

ともかく、カールおじさんはこんな風に科学と非科学の違いを定義づけたんです。

 

 

実際に科学と非科学を比べてみましょう。

では次に、科学が実証データで示されているかどうか、ということを見ていきましょう。

万有引力の法則や数学の三角関数などの自然科学でわかるように、実証データがあってこそ、自然科学の理論が成り立っています。

 

では、非科学はどうか。

下駄が裏返るのと雨が降る事との関連性はいまだ見つけられていません。

恐らく、データをとっても関連づかないでしょう。

これが非科学なんです。

 

そうしたら、信じる人の多い、占いはどうか。

タロットカードでよい占いが出たからと言って人生が開けるわけではないし、人生が開ける時にタロットカードが良いしるしを表すことは証明されていません。

 

ここで、少し人間の認知活動について触れておいたほうが良いでしょう。

人間の行動について理由が先か、行動が先か、なんです。

 

人は、理由があるから行動すると考えがちです。

ですが、本当は行動してから理由を後付けするんですね。

 

たとえば、

衝動買いをしてから、「これは本当に欲しいものだったんだ」

とか、

ダイエット中に「たまにはご褒美が必要だ」と言ってお菓子を食べる。

とか。

 

だから、タロットカードなどの占いを行ってから、起こった事象やこれから起こる事象に関してつい、関連付けてしまうんですね。

でそれに加えて、反対の事象は記憶の外へ追いやってしまうんです。

 

だから、「占いは当たる」と思われがちなんです。

ここが、血液型占いが「占い」と言われているところ。

(この話題についても、詳しく書けそうなので、改めて書き直しますね。)

 

さて、大きく脱線しましたが、話しを元に戻しましょう。

 

科学の実験(客観的データ)には、

  • 妥当性(問題と答えが関連していること)
  • 信頼性(誰が何度やっても同じ結果が出ること)

が最低限必要です。

 

これが科学の軸になるんです。

筋が通っていなければならないんです。

 

だから筋が通らないことは認められない。

 

宗教学が学問であるのは、宗教を科学としているのではなく、宗教という文化を学問、科学としているから成り立つんですね。

イエス様が生き返ったなんて、反証可能性は大ありですもんね。

 

最近、冥王星が太陽系から外されたというニュースがありましたよね。

あなたは、何故外されたか知っていますか?

それは、ニュートンの法則を保持するためだったんです。

 

もう少し詳しく言うと、

もともと冥王星は地球と同じくらいの質量だと考えられていたんです。

 

ですが、観測精度が高まって、ケプラーの第3法則(惑星の運動の公式)とニュートンの法則を組み合わせると、地球の2割程度しかないことになったんですね。

冥王星の衛星であるカロン発見の影響も大きいのですが、ここまでずれるのも何を計算していたのか、と思ってしまいます。

 

ともかく、他の公式を保持するがために、惑星から除外されてしまったんですね。

 

たまにはこんなこともあるんですが、科学には反証可能性をことごとく潰さなければなりません。

(と言っても5%は残るのですが・・・。)

 

 

心理学が科学である理由

やっと本題に入ってきました。

心理学は、まず、人間の行動や感情など心と行動の関係やや心の動きについて関係性を見つけ出します

そしてその関係性を実験、観察などのデータで裏付けて、客観的なものとするのです。

 

だから、心理学は「科学である」と言えるのです。

 

だから、感覚的でしかないもの、(たとえば、ジンクスなど)については、データで裏付けられないし、その人個人にしか通用しないから、科学とは言えないんです。

 

次いで、占いもそう。実証できないから非科学なんです。

 

ここで気を付けないといけないものに、「疑似科学」と言われているものがあります。

疑似科学とは、一見科学のような顔をして、実は非科学であるものです。

 

例を挙げるとすれば、血液型占いがそうです。

A型は几帳面、B型は乱雑、とか類型論に陥りやすいので、特に要注意なのですが、血液型占いはいまだ、心理学、科学として分類されていません。

 

血液型占いには、客観的データがないのです。

だから、B型っぽいA型やO型っぽいAB型などがいたりするのです。

 

さらに注意を要するのが、B型が乱暴、AB型が変人という分類をすることです。

これは、少数派を排除する動きにつながります。

 

本人たちにはその気がなくても、B型だから、乱雑と決めつけられる人の気持ちを考えてみてください。

人としてあるべき姿ではないのではないですし、いまでは、これの血液型による決めつけを、ブラッドハラスメントと呼んで心理的な傷を負わせるものとして扱われることもあります。

 

また、脱線してしましました。

 

客観的データに裏付けられ、反証可能性を潰したものを科学とすれば、大きなくくりで非科学があり、その中に科学があるとして考えることもできますが、二つは区別しておいた方が良いでしょう。

 

また、この「科学」と「非科学」の二つの間で、どちらでもないもの、また、どちらでもありそうなものとして中途半端なものがあります。

それは、未科学と言われています。

 

未科学は、科学と非科学に分類されるとしてみたほうが、適当な判断となりそうです。

 

 

催眠と心理学はつながるのか。

催眠術や、催眠療法、ヒプノセラピーと心理学はつながるのか。

ということですが、もともと、心理学の始まりはヴントが実験室をライプツィヒ大学に作ったことに始まります。

 

では、ヴントはなぜ、心理学実験室を作ったのか。

それは、以前から伝わっていた、催眠を学ぶにあたり、そこから派生した人の心の動き、精神活動を科学的に証明したかったからにほかなりません。

 

心理学の生みの親がヴントなら、彼を動機づけたのは、催眠の存在なのです。

それならば催眠は心理学の父ともいえる存在。

 

子供が、科学なら、親はいったい何者でしょうか。

私的な考えではありますが、トンビが鷹を生むことはまずありません。

 

たとえ生んだとしても、トンビも鷹も同じ鳥類。

同じカテゴリーに分類されるべきなのですよね。

 

催眠が表舞台に出てこないのは、余りにも影響が大きいから。

病は気からという言葉に表されるように、こころとからだは表裏一体です。

 

こころが、その人を形作っているとしても過言ではないでしょう。

その心にアクセスできる方法が催眠です。

 

人の心は何重にも防御がなされています。

その防御をいとも簡単に破る方法が催眠です。

 

この技法は善用すれば限りない幸福をもたらしますが、悪用することも可能です。

それは心理学でも同じことだといえます。

 

詐欺師が心理学のテクニックをふんだんに使っているのをご存知でしょうか。

彼らはその技術で、人の心に入り、自分の思う方向へ誘導するのです。催眠も同じことが言えます。

 

また、詐欺師は技量が浅ければ騙されずに済むだけの話ですが、催眠は、催眠に入った後のセラピストとしての技量が浅ければ、相談に来られた方のこころをかき乱してしまうこともあります。

だからこそ、良いセラピスト選び、催眠療法ができる人を選ぶ必要があるんです。

 

皆様が、心理学、そして、催眠に興味を持っていただけたら幸いです。

そして、皆様の人生がより輝かしいものに変わっていくことを祈っています。

 

では、また。おやすみなさい。

 

 ベレッツア 高橋

 

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