いつか死ぬと思うと怖い。死ぬのが怖い、とパニックになる理由とは

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こんにちは。

催眠を科学する「催眠心理学」

神戸ヒプノセラピー 催眠療法ベレッツアです。

 

さて、いつか死ぬと思うと怖い。そんな死ぬのが怖いと思うことってありませんか?

パニックになりそうなほど、怖い死。そんな「死」について、現在「死生観」の観点から研究が進められています。

 

もしあなたが、

いつか死ぬと思うと怖い。

と思うような、死ぬのが怖くてパニックになりそうなことがあるかもしれません。

 

なぜ、いつか死ぬと思うと怖いのでしょうか。

そして、「いつか死ぬと思うと怖い。」その気持ちを和らげる方法はあるのでしょうか。

 

「いつか死ぬと思うと怖い」と思うこと

「いつか死ぬと思うと怖い」この感情を持つのは、実は、当たり前のこと。

今、健康で幸せな時間を過ごせていたとしても、死ぬことが怖いと思っている人はあなただけではなく、本当のところ、多くいるのです。

 

第一生命の調査によると、死ぬことを心配していても仕方がないと思うという人が8割以上いるのにもかかわらず、人生は短いと不安という人や死ぬことが怖いという人は半数近くいます。

さらに、苦しんで死ぬのは怖いという人は、8割以上と、ほとんどの人は、苦しんで死にたくないと思っています

 

つまり、死ぬことを心配しても仕方がないと、頭では理解していながら、実際には、死ぬことが怖いと思っている人が大多数であるということ。

いつか死ぬことが怖いと思うのは、実はあなただけではないのです。

 

それでは、なぜ、いつか死ぬと思うと怖いのか。

その理由について、次に見ていきましょう。

 

なぜ、いつか死ぬと思うと怖いのか

さて、いつか死ぬと思うと怖い理由には大きく分けて4つの理由があります。

これは、人間の持つ感情で、自然と湧き上がる気持ちである、「怒り」「悲しみ」「恐怖」「傷心」「罪悪感」といった感情が関係してきます。

 

この感情が誰も体験したことのない「死」という理解不能なものに触れることによって、いつか死ぬと思うと怖いという感情が強くなってしまうのです。

それでは、さっそく、いつか死ぬと思うと怖い理由をお話していきましょう。

 

死んだ後どうなるかわからない

まず、誰も死んだ体験をしたことはありません

だから、この世の中のすべての人は、死んだあとどうなるかわからないのです。

 

真っ暗闇の中を手探りで前に進むことを想像してみてください。

とっても怖い。そう思いませんか?

 

あなたが知らない世界、何が起こるかわからない世界、前が見えない世界は恐怖でしかありません

これは、あなたの先祖から伝わる、生きるための知恵「遺伝子」に組み込まれている情報。だから、取り去ることはほぼ不可能。

 

どういうことか少し説明してみましょう。肉食動物を例にとりますね。獲物を狩るときって眠っている時が一番襲いやすいですよね。

そして、相手が見えない状態で襲い掛かる方が襲いやすいし、仕留めやすい。

 

つまり、野生動物の中で暮らす知恵として、暗闇を恐れることや、知らない世界に足を踏み入れることに恐怖を感じることは、自分を守ることにつながっていた。

だから、自分が生き残るための情報として、遺伝子レベルで、知らないことや暗闇に恐怖を覚え、遠ざけるようになったのです。

 

「死んだ後、どうなるかわからない」ということは、遺伝子的に怖れを抱くシステムになっている。

このために、死んだ後どうなるかわからないことに対して、「怖い」と感じてしまうのです。

 

死ぬ前は、苦しいのではないか

ニュースや映画などで悲惨な死の現場を見ること、よくあるのではないでしょうか。

だから、死ぬときは、事故でけがをしたり、病気で衰弱したりして、とても苦しいイメージが、これらマスメディアによって植え付けられています。

 

なので、あなたも死ぬというイメージに、辛い、苦しい、悲しいといったイメージがくっついているのではないでしょうか。

ですが、むかしは、自分の人生を全うした高齢者ならば、ある朝、気が付いたら起きてこなくてベットの上で死んでいたという「老衰」がありました。

 

老衰で死ぬ場合、寝顔のような穏やかな表情で、また起きてきそうなぐらいの優しい顔になっています。

だから、むかしは、「死」というものは恐ろしいものではなく、時間がたてば自然と訪れるものであり、死ぬことは、「お迎えが来た」ととらえることが多かったのです。

 

つまり、「死」は突然やってくるものではないし、抵抗せず受け入れるべきものとして考えられていました。

ですが、交通事故などの怪我をしたり、病気になったりすると、すぐに病院に担ぎ込まれます。

 

今までは穏やかに死ぬことができた人も医療の発達により、生命が伸び、その分視線をさまよって苦しい時間が与えられる。

そのような情報をテレビやドラマ、映画で植え付けられ、実際に周囲の人間が病院で苦痛のうちに死んでいく姿を見ていると、自分もそうなるのだ、と思わずにはいられません。

 

だから、死=苦痛という知識を持っているがゆえに、自分の死も苦痛とともに訪れてくるのではないか。

そう思ってしまうのです。

 

大切な人やペットとの別れて孤独になる

今まで、死のために、大切な家族やペットを失うと、もう二度と会うことができないのだと感じます。

だから、次に自分が死ぬときは、大切な人とも、大事なペットとも永遠のお別れになる。

 

そう考えると、何もない死後の世界に孤独で放り出されることの怖さがあなたに襲い掛かります。

つまり、あなたが死ぬことで、孤独になってしまう。そのことに怖れを抱いてしまうのです。

 

財産や生活基盤、環境を失ってしまうことが怖い

死ぬと、今まで貯めてきた財産、苦労して手に入れた家や家具、生活環境もすべて失うことになります。

この世に、いくら財産をため込んだとしても、それは生きている間しか使うことができず、死んでしまうと全てを手放さなければいけません。

 

仮に、今あなたが持っている金銭や家財道具、全てを失って裸で一人放り出されることを想像してみてください。目に見える財産を持っている人ほど、その恐怖は大きくなる。

これは、自分が作り上げてきたものすべてを失う「死」への恐怖は、あなたの基盤を失う恐怖であり、あなた自身のアイデンティティを崩壊させるような恐怖になるのです。

 

死ぬのが怖い、とパニックになる理由

死ぬのが怖いとパニックになるほど死を恐れる理由は、今の生があるから。今を生きているから、死ぬのが怖いと思えるのです。

この世の中にやり残したことが大きければ大きいほど、死によって失う恐怖、つまり、死への恐怖が大きくなる。

 

古来、死への恐怖は、宗教や言い伝え、慣習がその恐怖を軽減する役割をはたしてきました。

「死んだ後、どうなるかわからない」、ということでも、天国や地獄、天使や神様を信じていたら、どうなるかは歴然としています。

 

また、死んだら天国に行って、今まで死に別れた人とも会える。それから、今後、自分が死んだ直後は、大切な人や大事なペットと別れるかもしれないが、時間がたてば、大切な人やペットも後から来る。いつか出会うことができるはずです。

 

「死んだ後、財産を失う」恐怖も、この世で徳を積んでおけば、天国で神様が良くしてくれるはずと思えば、この世での財産がゼロになったとしても、怖くはありません。

このように、いつか死ぬと思うと怖い、と思うこと自体が昔はあり得なかったのです。

 

ですが、あなたが、無宗教、無哲学の世界を選ぶなら、自分で、その死への恐怖、死ぬのが怖いとパニックになるほどの恐怖を克服しなければなりません。

いつか死ぬと思うと怖い、その感情を克服する方策が、死生観を持つことなのです。

 

死生観

さて、死生観とはいったいどのようなものなのでしょうか。

じつは、死生観とは、生きることを考えることで、死ぬことに関する観念をはぐくむというもの。

 

死生観と聞くと、死ぬことを考えることというイメージが浮かびちょっと抵抗がある人もいるかもしれません。

ですが、死生観の中心となるものは自分や周りの人、ペットや宝物など、すべての人や物。

 

それらすべての人や物に対して、あなたが死ぬまでにどうするべきか、また、あなた自身が死に対してどう向き合い生きていくのかという観念を得るもの。つまり、死生観とは死を考えた上での生を考えること。

まだまだ発展途上の考え方であり、これから伸びる分野、伸びていかなければならない部分でもあります。

 

どういうことかというと、昔は、仏教や神道、キリスト教など、宗教が「死への恐怖」を克服させてくれました。

懺悔室など、自分の悩みや失敗、恐怖を語る場としても宗教がありました。

 

ですが、戦争後、宗教を忌避し、高度成長により物に対する信仰が高まり、目に見えるものがすべてという精神的に弱い社会構造となっています。

これは、戦争の原因を宗教に求めた、もしくは求めさせられた、日本特有の事象であると言えるでしょう。

 

宗教は精神的に強力な力を創り出す源になります。これは、中世の宗教戦争、十字軍、第二次世界大戦の神道、サリン事件を引き起こす新興宗教、現在のテロリズムを見ても明らかです。

反対に、殉教者を多く出している初期のキリスト教、中世の修道院、江戸時代のキリシタン、など、宗教によって、清廉な力を生み出すことのあります。

 

このような「いつか死ぬと思うと怖い」、という気持ちを生まれさせないための大きな力を、昔は宗教から得ていました。

ですが、今の世の中は宗教を忌避する時代。宗教にとって代わるものを手に入れることが必要になるでしょう。

 

その時に役立つのが「死生観」であり、デスエデュケーションなのです。

死生観とは、今を生きることについて見つめなおすことにより、死を恐怖の対象としない観念を持つこと。

 

デスエデュケーションとは、死を知ることにより、死を受け入れるための知識を得ること

あなたが「いつか死ぬと思うと怖い」と感じるなら、必要なのは、死生観の育成とデスエデュケーションなのです。

 

まとめ

 

以上、「いつか死ぬと思うと怖い。死ぬのが怖い、とパニックになる理由とは」ということでお話してきました。

古来、人間の間で死を恐怖の対象としないために作り上げられてきた宗教という智慧が日本人の中では崩壊しています。

 

宗教を忌避するなら、それに代わるものが必要。それは、死の理解と一分一秒と死へ向かうあなたのために必要な生の知識による、死生観という観念の会得。

死生観は、知識でなくあなたの精神的な世界。その世界を作るには、あなた自身の精神世界を知り、作り上げることが必要でしょう。

 

実は、そんなあなたの精神世界をヒプノセラピー、催眠療法で、作り上げることができます。

もし、いつか死ぬと思うと怖いという感情が取れないのであれば、あなたの精神世界をヒプノセラピー、催眠療法で一緒に探ってみませんか?

(関連記事:ヒプノセラピー(催眠療法)とは

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