エディプスコンプレックスとはフロイトが提唱した心理学の言葉です。
フロイトとは、正式な名前をジークムント・フロイトと言い、夢判断による自己分析と多くの精神病患者の症例から、精神分析学という分野を切り開いた第一人者。無意識という概念を見つけ出し、科学、学問としての臨床心理学の基盤を作った人ともいえるでしょう。
そんなフロイトは、人間の無意識的な欲望の中にエディプスコンプレックスなるものが存在しているといいます。
フロイトが提唱したエディプスコンプレックスとはいったいどのようなものなのでしょうか。
エディプスコンプレックスの成り立ち
エディプスコンプレックスは心理学者ジークムント・フロイトが見つけ出した概念ですが、その成り立ちには、フロイトの父との関係が大きく影響しています。
フロイトは、父親を尊敬して生きてきましたが、その父ヤコブの他界と同じ時期に行っていた友人フリースとの手紙のやり取りで行った自己分析が精神分析の分野に大きく影響を与えています。
フロイトは、この手紙のやり取りを通じた自己分析の中からエディプスコンプレックスを見つけ出したのです。
フロイトは、エディプスコンプレックスを見つけ出した自分の臨床体験や、文学や芸術作品が人類に共通して人々に影響を与えることから、個人的なものではなく、人間に共通な感性であると考えました。
さらに、フロイトはその考え方を深めていき、人種の違いも超えた人類すべての普遍的なテーマであるとし、文化、芸術、宗教論にその考え方を広げていきました。
フロイトが晩年展開した精神分析の理論的な展開において、フロイトの鋭い観点のポイントとなるところとも言えます。
フロイトが人間の心のメカニズムを探求するときの目の付け所、フロイトのたぐいまれなる洞察力を生み出したものが、エディプスコンプレックス。
その観点からも心を扱う心理臨床家は、フロイトのエディプスコンプレックス論について知っておくべきでしょう。
エディプスコンプレックスの意味とは
エディプスコンプレックスの意味とは何かということになると、大きく次の3つの要素から成り立ちます。
- 近親姦願望。つまり、異性の親、例えば、息子なら母親、娘なら父親に対して抱く、性愛的な願望。
- 親殺しの願望。つまり、同性の親、息子なら父親、娘なら母親に対して抱く、競争心や憎悪。
- 去勢不安。つまり、近親姦願望と親殺しの願望の2つの願望が存在することに対する罪悪感や罰せられるという不安感。
この3つの感情の複合体がエディプスコンプレックスの正体。3つの感情が入り乱れているから、コンプレックスなのです。コンプレックスと日本語でいうと、劣等感のように思われがちですが、精神分析ではいくつかの感情の寄り集まって絡み合ったものを指します。
この感情はフロイトが尊敬していた最愛の父親を死によって失った悲しみの中で見つけ出されたことになります。
この身近な存在を失うという喪失体験を乗り越えるための心の営みを喪の作業と言いますが、フロイトはちょうどその時期にエディプスコンプレックスという概念にたどり着いたのです。
フロイト自身が自分の内面に向かって深く自己洞察することで到達することができた感覚がエディプスコンプレックス。
途中では何度もフロイト自身の内的な抵抗を感じ取りながら、友人フリースの存在に支えられて進められてきました。
なぜなら、その過程において現れた心的な現実はとても衝撃的なものだったから。
母親に対しての特別な性愛的な感情を抱いている自分を自覚したことや、敬愛していた父へのすさまじい敵対心に気付いたことは、精神科医で心理学者であるフロイトでさえも堪えがたい感情の渦だったのです。
このような、受け入れがたい感情は、自然と無意識の中に追いやられ、抑圧され、封じ込まれることになります。そうした感情を意識に上らせることにとても強い抵抗を感じたのですが、いったん自分の中にあることを認めるようになると、それは同時に強い罪悪感を引き起こし始めました。
この一見しただけでは、とても個人的で複雑な感情のように見えるのですが、実は、フロイト一人のものではなく、人種を超えた世界中の人々のこころの中にある願望と罪悪感。
フロイトがこの認識に到達した時にエディプスコンプレックスが発見されたのです。
フロイトがこのエディプスコンプレックスを人類に普遍的なこころのテーマだと確信したのは、ギリシアのソフォクレスの戯曲「エディプス王」の悲劇。
この物語の中にこれら三つの要素、近親姦願望、親殺しの願望、去勢不安を見つけ出したフロイトはこの複雑な感情をエディプスコンプレックスと名付けたのです。
エディプスコンプレックスを見つけた心理学者フロイト
エディプスコンプレックスという概念が生まれた過程は、精神分析そのもの。
なぜなら、ひとりの人間の心の体験を出発点にしながら、個人を超えた普遍的な視点を見つけてそこから人の心の体験を理解していくというのがフロイトの始めた精神分析だから。
では、フロイトはどのようにして自分の心の奥深くにエディプスコンプレックスが眠っていることに気付いたのでしょうか。
その答えは、40代に入ったフロイトが科学的見地に立って、自分の心を探求した2年間もの間の心の葛藤が作り出した気づきでした。
フロイトは、ちょうど40歳になる1896年に父親を81歳で失います。このちょうど3か月後に近親姦の夢を見ています。
父親の死と近親姦の夢、こんな二つの衝撃的な出来事があったがゆえに、フロイトは自分を自己分析することをはじめたのです。
フロイトは親友フリースとの文通することで、自己分析を進めることになります。その過程で、患者が自由連想の中で語った願望に、自分の体験を重ねていくことになるのです。
そして、フリースに神経症の中核医的な要因は両親に対する敵対的な衝動であると語りました。息子ならば父親に、娘ならば母親に向けられる衝動であるとフリースに伝えているのです。
さらに、心の奥にしまい込まれた自分の願望を語ることには大きな抵抗がある。
その抵抗を感じながらもフリースとの間でそれを乗り越え、フロイトは幼少期の記憶をたどっていくことになります。
幼少期に自分の母親が裸でいるのを見た時に感じた衝動、性的な興奮の記憶が甦ってきたという記憶。
そして、自分も母への愛着と父への憎しみを抱いたことがある事実を次第に認めていくことができるようになるのです。
実は父ヤコブの3人目の妻アマ―リエは若かったので、小さい頃のフロイトは父の配偶者となるべき存在はばあやとして、そして、母とカップルになるのは年の離れた異母兄のエマニュエルだとして思い込んでいました。
つまり、実の父親を自分のおじいさんとみなして尊敬の念を抱いていたのです。
このように父親との間で母をめぐる競争を意識することのなかったフロイトが実は心の奥底に、父と母だけが寝室を共にしていつも自分は追い出されるという感覚を持っていました。
根源的なエディプスコンプレックスのテーマの記憶がフロイトのこころの奥にずっとしまい込まれていたのです。
父の死後、行われていったフロイト自身の夢の自己分析を通して、自分が心の底から尊敬していた父親に対して持っていた感情は、実は父が死ねばいいと思っていた死の願望。
無意識的に父を無き者として自分が取って代わろうとする願望がこころの中にあったことを認めていくようになります。
フロイトの父親の葬儀での出来事
このように順調にフロイトの自己分析がすすんだのには、理由があります。
その理由とは、フロイトの父親の葬儀に、理髪店で待たされてしまい遅刻してしまったこと。
大事に父親の葬儀に自分が遅れてしまったという事実を、心の底のそこから、いうなれば、無意識的に悔やんでいたのです。
このことをめぐって父親の葬式の後の夜に見た夢がフロイトの無意識をよく表しているといえるでしょう。
その夢というのは、掲示板のようなものに「目を閉じてください」と書いてあるという夢。
しかしながら、この夢を思い出そうとしたフロイトはその掲示板に「両眼を閉じてください」と書いてあったのか、「片目を閉じてください」と書いてあったのか、はっきりとわからなくなってしまいました。
もし「両眼を閉じてください」と書いてあるなら、その夢は「安らかに永眠してください」という意味になります。
ですが、「片目を閉じてください」とドイツ語で語られていたならば、その意味は「(失敗を)見逃してください。大目に見てください。」という意味になるのです。
もしも、見逃してくださいという意味になるのであれば、フロイトが今は亡き父親に「大目に見て欲しい」という気持ちを抱いていたことになります。
つまり、このように分析していくと、この夢はフロイトの父親が亡くなるということをめぐって何らかの後ろめたい気持ちや罪悪感があったということがわかったのです。
この夢の深いところに、理髪店で待たされたために父親の葬儀に遅れてしまったことにたいして 自分を責める気持ちがあったことが重要なポイント。
意識の領域で自覚できること以上にもっと恐ろしい罪悪感を感じるような、何かが隠されていたのです。
この夢に暗示されるようなことは、のちのフロイトの夢、「トゥーン伯爵の夢」や「生きなかった夢」などに明確に現れてきています。
自分と父との関係を示唆sる夢を深くしっかりと分析して最終的にわかったことが父親の死を望む願望がフロイトの心の中にあったということなのです。
異性の親への愛着や同性の親への敵対心、そしてそれらの気持ちに対する罪悪感というものがエディプスコンプレックスの根源。
そんな心の中にある乗り越えるべきテーマを、フロイトはギリシア神話の中にある「オイディプス王」の中に見つけ出したのです。
ソフォクレスの悲劇「エディプス王」
ソフォクレスはギリシアの三大悲劇詩人の一人。生涯で120遍もの戯曲を制作した偉人です。ただし、完全な形で残っているものは7つしかありません。
さて、その中にある有名な悲劇が「エディプス王」。エディプスコンプレックスの元となったエディプス王の悲劇をざっと見ていくことにしましょう。
テバイの王、ライオスは、妻イオカステとの間に生まれてくる息子が父親を殺すという信託を受けていました。
そのような信託を受けていたにもかかわらず、エディプス王はイオカステとの間に子供を作り、男の子が生まれることになります。
この男の子がエディプス。
信託を恐れたライオス王はこの生まれたばかりの乳児を山麓に捨ててくるように家来に命令します。
しかし、捨てるものあれば拾うものありで羊飼いがその乳児を救ってコリントのポリュボス王のところに連れて行きその王様はエディプスを養子にして育てることになりました。
やがて青年になったエディプスは、コリントを後にして旅に出ることになります。
その道の途中に、自分の実の父親ライオスと遭遇しますが、お互いに親子であることがわからず道を譲り合わすに喧嘩になり、エディプスは実の父親ライオスを殺してしまうことになるのです。
この後、エディプスはテバイへの旅行者を脅かすスフィンクスに出会います。
スフィンクスは出会った旅行者に難問を出して解くことができないと殺していくという怪物。
この怪物に出会ったエディプスがスフィンクスの難問を見事に解き明かしたため、スフィンクスは屈辱のために自殺してしまいます。
この時の問題とは、「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、これなーんだ?」というもの。答えは、御存じの通り、「人間」であり、見事にエディプス王は正解をスフィンクスに投げつけます。
このやり取りは一見すると化け物との単なるやり取りのように感じますが、実はエディプスの悲劇全体を凝縮したような一幕です。このくだりはまた別の機会にお話しすることにしましょう。
さて、テバイの人々はスフィンクスを退治してくれたエディプスに感謝してテバイの王として迎えることになり、イオカステと結婚させます。
そのエディプスの治世が始まると、テバイに悪疫が蔓延してしまうのです。その原因は神託によると前の王様、ライオス王殺しが原因。
そこで、エディプスはライオス王を殺害した犯人を探し出してテバイを救おうとするのです。
ですが、その探索が進むことでライオス王を殺した真犯人はエディプス自身。そしてそのライオス王がエディプスの本当の父親であることを知ることになり、自らの母親との近親姦の罪を犯していたことに気付くことになる。
この事実が明らかになったことで、イオカステは首をつって自殺し、エディプスはイオカステの使っていたブローチで自分の目をえぐり取り、放浪者となってアテネで死ぬことになります。
これがオイディプスの悲劇の物語の概略です。
フロイトは、一連の自己分析を通して、自らの心の中にオイディプス王と同じ感情が起こっていたことに気付きます。
また、精神科医として接した他の人々の夢を素材としてエディプスコンプレックスを精神分析における重要な概念として位置づけたのです。
ソフォクレスのエディプスの悲劇を見る観衆がなぜ深くこころを動かされるのかというところを考えると、フロイトの考え方がはっきりと見えてきます。
つまり、この悲劇が現在に至るまで色あせることなく伝わってきた理由は、人々の心の中にエディプスコンプレックスがあるからなのだとフロイトは考えたのです。
まとめ
以上、「エディプスコンプレックスとは!心理学者フロイトが語った言葉の意味」を、神戸ヒプノセラピー、催眠療法ベレッツアがお伝えしました。
ギリシアという古代文明から伝わる感性が作り上げたエディプス王の悲劇は、現在にも起こりえる物語でもあるということ。その事実に気付いたのが心理学者としてのフロイト。
この感情は、多くの人が持っている感情。だからこそ、すたれることなくオイディプス王の物語が語り続けられている。
そして、そのオイディプスが持つ複雑で入り乱れた状態である、近親姦、親殺し、去勢不安の感情が入り乱れ複雑に絡み合った”コンプレックス”な感情を、エディプスコンプレックスとフロイトは言ったのです。
このエディプスコンプレックスに見られように、多くの気持ちが入り混じって生まれる複雑な感情は、表現することが難しく言葉で言い表せないことが多いもの。
だからこそ、イメージでとらえ、ストーリーでとらえるフロイトの夢判断や自由連想法が生きてくる。ヒプノセラピー、催眠療法が活躍できる理由は、心の中にある感情を言葉で言い表すことが難しいところにあるのです。
(関連記事:フロイトの精神分析における自由連想法とは、催眠療法が基本にある)
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