死ぬことと生きること。死にたいと願うあなたが想うたった一つの真実

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こんにちは。

催眠を心理学で科学する「催眠心理学」

神戸ヒプノセラピー、催眠療法ベレッツアです。

 

死ぬことと生きること。

このことについて、あなたは考えたことはありますか?

 

もし、考えたことがあるなら、死にたいと願ったこともあるのではないでしょうか。

万が一、「死にたい」とあなたが想うなら、そのあなたのこころの中にあるたった一つの真実を見過ごしてはなりません

 

死にたいと想うこと

一度でも、「死にたい」という気持ちに取りつかれてしまうと、その想いはコントロールが効かなくなり、止められなくなります

そして、止めることはできないうえに、一度この思いに駆られると、「死にたい」気持ちを想えば想うほど、ますます大きくなり、いつのまにか、あなたの意識すべてを乗っ取ります。

 

「死にたい」という想いにあなたの意識を奪われてしまうと、この世の中の全てのことが、「あなたが死ぬこと」に繋がり、あなたが死ぬことで解放されるように感じます。

現実的には、死んだところで借金がチャラになるわけでもないし、残された人の生活もある。

あなたの近くの人は、あなたが思い悩んで死んだことについて一生後悔の念を持ち続けていきなければなりません。

 

もし、あなたが、宗教を信じているなら、輪廻転生や神の下での天国や地獄があり、死んだところで解放されるわけではないということを理解できるはず。。

反対に、もし、あなたが、宗教や霊的なものを信じていないなら、死んだらそれで終わりと思うかもしれませんが、あなたの体のなかで生きている37兆個(一説には60兆個)もの細胞を道連れにすることになるのです。

 

あなた一人が死ぬことは、たった一つの命が無くなるのではなく、37兆もの命を奪うこと。はっきり言ってしまうと大量虐殺ですよね。

もし、あなたの体、あなたの細胞なのだから、あなたの意思に従えというのなら、それは暴君ネロ皇帝を凌ぐあまりにも傲慢な考えではないでしょうか。

(関連記事:死生観とは何なのか。日本人の死生観の歴史とその真実の意味とは

 

死ぬことと生きること。

武士道とは、死ぬことと見つけたり

こんな言葉を聞いたことはありますか?

 

これは、1710年代に佐賀藩の山本常朝が書き残した「葉隠(はがくれ)」の冒頭に書いてあることば。

 

武士として生きるなら、いつ死ぬかも知れないということを前提に、凛とした態度で生きることがこのことばの意味のひとつ。

死ぬことを考えるからこそ、生きることができる、そういう考え方です。

 

生きるという事実がある。だから、死が訪れるし、死を選ぶことができる。

もし、あなたが今生きていないなら、死を選ぶことは不可能なのです。

 

少し、ちがうはなしをしましょう。

人間以外の動物のはなしです。

 

彼らは、決して自殺することはありません。

集団自殺するとされていたレミングも、実はたまたま事故で溺死した個体をみて、そう判断されただけ。

 

集団で海に飛び込むシーンもドキュメンタリー映画「白い荒野」を撮るためにウォルト・ディズニーによって作られたシーンです。

この他にも、くじらの集団自殺や、ペットの自殺、と多くを言われていますが、実際に詳しく調べると、すべて自殺ではなく事故なのです。

 

このように、動物は自殺することはなく、死が訪れるそのときまで、必死に生きようとします

これは、南極物語を見ても、忠犬ハチ公を見ても、わかりますよね。

 

実際、ペットを飼ったことのある人なら、それを目の当たりに見ているのではないでしょうか。

昨日まで、元気に走り回っていたのに、今日はもう息をせずに固くなっている。

 

病気がちで苦しそうにしているけれど、自分のことよりあなたのことが心配そうで、あなたのそばにしっかりと寄り沿ってくる。

家族同様の大事な犬がいた時のことです。

 

その犬がある日、車に轢かれて重傷を負ったのです。

その犬は、病院に連れて行くまでの間、息も絶え絶えながら、必死に生きようとしていました。

 

ですが、自分の手の中で急にズシンと重くなったのです。その時の感覚は今でも忘れられません。

このように、動物は、死ぬその瞬間まで生きようとしますが、人間だけが「死にたい」と思い、生きることを諦める選択肢を持つのです。

 

これは、他の動物より高次に脳が発達しているために、深く思考することができて、本能に対する「抑制」と言う機能が発達しているから。

この抑制という脳のメカニズムは、5~6歳ころに作り上げられる心の理論という精神的な成長が必要となりますが、それでも、この「抑制」という行為は心に大きな負担を生み出します。

 

なぜなら、自分が考えていること、自分の想い、自分の信念を捻じ曲げて行動するという欲求不満がつもってしまう行為だから。

このサリーとアンの課題に代表される誤信念課題に正解できるかどうかは、フラストレーションが積み重なる人間の社会に適応できるかどうかという心の理論の発達状況につながるのです。

 

つまり、「死にたい」と思う欲求は、あなたのこころの中に閉じ込められた欲求を押し殺した結果、生まれてくる欲望

あなたが、今まで、頑張って、努力して、積み上げてきた「あなた」を守るために、「死にたい」という形になって表れてくるのです。

(関連記事:サリーとアンの課題でわかる心の理論。サリーのぬいぐるみはどこへ?

 

「死にたい」その気持ちの中にあるたった一つの真実

それでは、「死にたい」と思うたった一つの真実とは、いったいどのようなものでしょうか。

その答えから言ってしまうと、「死にたい」という気持ちは、「生きたい」という気持ちの裏返し

 

人間として、尊厳を持って、認められて「生きたい」。

当たり前のことです。

 

ですが、会社での上司部下の関係、勤め先での同僚とのやりとり、学校の友人とのつきあい、クラブの上下関係、家族の間でのつながり、あなたの周りには、多くのつながりがあります。

  • いじめ
  • お金の貸し借り
  • 信頼を失いたくない
  • 威厳を保ちたい
  • 人として認められたい
  • 自分はこんなに頑張っているのに
  • 認めてくれない
  • 無視される
  • 人として扱ってくれない
  • ゴミ以下だ
  • ・・・・

など、多くの思念や繋がり、固執、確執、関係があるでしょう。

 

今すぐ切りたい、すべて捨てて楽になりたい。

自分を押し殺してきたから。自分を着飾ってきたから。自分を作ってきたから。

 

死んでしまえば、そんなことを捨ててしまえるのではないか。そう考えても不思議ではありません。むしろ、普通のことでしょう。

人間として「生きたい」。だから、「死にたい」。反対のようで実はこの思いはつながっています。

 

だから凛と死に対する態度を決めた時、あなたのこころは澄み渡ります。

空白の中の澄み渡りスゥーッと冷たいほどに涼しい世界。闇も無ければ光もない、音もなければ静けさもない、そんな「無」の世界。

 

そんな「無」の世界に身を置きたくなる気持ち、あなたのこころの中に芽生えていませんか?

もし、少しでも、無の世界に共感してしまうなら、一度、お話を聞かせてもらえませんか?

 

催眠療法、ヒプノセラピーなら、そんなあなたの世界が光と力を取り戻す、その方向を示すことができるかもしれません。

なぜなら、催眠療法、ヒプノセラピーは、あなたのこころの世界を実現する方法なのですから

(関連記事:ヒプノセラピーの効果とは!催眠術を使った心理カウンセリングの方法

 

まとめ

以上、「死ぬことと生きること。死にたいと思うあなたが想うたった一つの真実」をお伝えしてきました。

死にたいと思うことは、生きたいと思うことの裏返し

 

人間として生きたいと思うからこそ、こころが空白になってぽっかり穴が開いてしまった時、死にたいという「無」が襲ってきます。

あなたのこころが「虚無」に囚われて取り返しのつかないようになる前に、あなたがあなたを取り戻せることを祈っています。

(関連記事:生きている意味が分からない。なぜ、仕事をして生きる必要があるのか

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