こんにちは。
神戸ヒプノセラピー、催眠療法のベレッツアです。
さて、カール・グスタフ・ユングが晩年、マントラに魅了されていたことは有名ですが、その時、東洋の世界観と同じ原点を持つものとして、錬金術にも興味をもっていました。
錬金術は近代ヨーロッパの歴史から、怪しげな魔術や迷信として扱われ、近代的な合理思考にそぐわないとして封印されてもの。
しかしながら、錬金術やそれに関係する思考がヨーロッパの理性主義や近代的自我の形成につながっているのも事実です。
その証拠に実際に錬金術が最も盛んだったのは、迷信や非合理的な信念に満ちていた中世ではなく、産業革命が起こり合理性を人々が求め始めた近世ヨーロッパでした。
このような社会の裏で流行していた錬金術について、C.G.ユングは心理学的な変容のプロセスと似ていることに気付き、賢者の薔薇園という錬金術書にもその著書の中で触れていきます。
それでは、C.G.ユングも心理学と関係の深いものとして考えた賢者の薔薇園を、錬金術書の哲学者の薔薇園をモデルにして解説を付けながら、お話ししていきましょう。
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賢者の薔薇園とは
賢者の薔薇園とは、錬金術書の一つで、10枚の図版からなります。
元々、錬金術は価値の低い金属から価値の高い黄金を作り出そうとしていた試みで、普通に考えるとまず無理な試みでした。
ですが、この数々の実験により、近代的な化学が発展し、西洋医学で用いられる近代的な薬学もこの錬金術によって見つけ出されたものも少なくありません。
現実的には無理な試みだったのですが、その中では、人間の世界観や心理的な変容のプロセスという、人間の心の構造が錬金術という物理的な物の変容に反映されています。
外的世界の変容が不可能であるからこそ、自分の心の中の変容をイメージ化して法則化することが心理的なアプローチになるのです。
物理的な営みを通して現れてくる世界は、極めて心理的な物につながるというのが錬金術の姿でした。
C.G.ユングがフロイトと決別し、人間心理の探求方法に行き詰まっていた時、キリスト教の源泉である古代グノーシス派の研究をしようと資料を集めていました。
ですが、まともな資料を手に入れられず、慣れない歴史研究と古代宗教の源泉の探求に心が折れそうになります。
そんな時、中国からの友人リヒャルト・ウィルヘルムが「黄金の華の秘密(太乙金華宗旨)」という道教の瞑想書物をユングのもとへ送ってきたのです。
この黄金の花の秘密という瞑想に関する書物は、道教の極意である戦術や瞑想のイメージ、生への探求が具体的に書かれていました。
東洋の神秘主義をまとめたこの書物に書かれた瞑想のためのマンダラにユングは心を惹かれます。
そして、ユングの著書「心理学と錬金術」という本のマンダラ夢という前半部分で、睡眠中の夢の中に現れるイメージとマンダラの関係を説明しました。
夢に現れた心象現象はすべて臨床実験で得られた標本であるとして、マンダラと心理のメカニズムの関係でこころというものをユングはつかもうとしたのです。
ユングが描いたマンダラは、東洋の精神観で作られているのですが、その心の奥へのアプローチテクニックは、伝統的な西欧の文化の中にもありました。
ユングの新しい観点での心理学は、東洋と西洋を融合し、人種の垣根を超えた心理学のアプローチとなっていきます。
白人も黒人も黄色人種も同じ人間。それならば、共通する心理的な構造を持っているだろうという「共時性」が、この時からのユングの信念。
このような観点から西欧の文明を見直した時、C.G.ユングは錬金術が心理学的対象として重要であることに気づきます。
ユングの著書、「転移の心理学」や、「結合の神秘」という本のなかで、禁忌とされた錬金術にユングは正面からアプローチしました。
そしてユングは錬金術の過程と臨床心理学における変容のプロセスとを並べて同時に語っているのです。
その転移の心理学の中で、賢者の薔薇園という錬金術の本を取り上げました。
この転移の心理学で説明されている賢者の薔薇園は全部で10枚の図が掲載されています。
ところで、薔薇とマンダラって、なんとなく似ている気がしませんか?それでは、なんとなくユング的に関係のありそうな賢者の薔薇園ついて説明していきましょう。
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賢者の薔薇園と錬金術書の哲学者の薔薇園との違い
賢者の薔薇園と錬金術書の哲学者の薔薇園とは、内容的にはほぼ同じもので、哲学者の薔薇園の簡略版が賢者の薔薇園ととらえてよいでしょう。
オリジナルの錬金術書は木版画で、1550年フランクフルトで出版されました。原版は、図版が20点。
ですが、1622年に簡略版がヨハン・ダニエル・ミューリウスというドイツの医者が「改革されし哲学」という本を出版した時に哲学者の薔薇園の簡略図版を収録しいます。
そして、バルクタザール・シュバーンという彫刻家がオリジナルをもとにした図版で掲載しています。
つまり、哲学者の薔薇園は、作者不明の原版とミューリウスが書いた簡略版、そして、シュバーンによる版と3つの版があります。
20枚の図版が原版ですが、作者がはっきりしている10枚という完成された数字の図版から構成されているものを取り上げて、ユングは賢者の薔薇園として紹介しているようです。
これから、錬金術の本、賢者の薔薇園に触れるにあたって、その世界観で出てくる意識変容の3つの段階を説明しておきます。
その三つの段階とは、
- ニグレド:黒化。腐敗。個性化。
- アルベド:白化。精神的浄化。啓発。
- ルベド:赤化。神人合一。有限と無限の合一。
この三つの段階を知って、賢者の薔薇園、哲学者の薔薇園のような錬金術の本を読むと、書き手の伝えたかったことも理解できるようになります。
この、死と生、そして神と人と聖霊との交わりを基本としてみると、錬金術の本が、臨床心理的な意味合いを持っていることがよくわかるでしょう。
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賢者の薔薇園の図を紹介
この賢者の薔薇園は、とても象徴的な絵が多く、抽象的なことを具体的に表現するための寓意画で構成されています。
流れは、生命の誕生や死、そして復活が描かれている生命としての輪廻として見ることもできます。
ですが、ユングがこの賢者の薔薇園の姿としてとらえたのは、臨床心理における心理的なプロセス。
固体、液体、気体の3態を取る物質のありさまと同じように、人間の精神がこころという器の中で揺れ動くさまを表している賢者の薔薇園を見ていくことにしましょう。
賢者の薔薇園 第1図 王と生、王妃と死
この第1図は、王と生、王妃と死。これから始まる賢者の薔薇園の舞台であるメリクリウスの泉を中心として描かれています。
これから起こることがここで行われることを暗示しており、月と太陽、7つの星、3つの水道、四隅に四つの大きな星が描かれています。
太陽と月は男性性と女性性、3つの道は父と子と聖霊を表しているともいわれますが、物質の3態でもあります。
7つの星は、太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星、であり、金、銀、鉄、水銀、錫、銅、鉛の7つの金属を表しています。
四隅の4つの星は、地水火風の4元素を表しています。
このようにいろいろな象徴が含まれているのが寓意画と呼ばれる絵なので、もっと深い意味も含まれているかもしれません。
対になるもの、対照的な物、対極になるものなど、錬金術書として盛り込めるものをすべて盛り込んでいる表紙のような存在。
そして、これから紹介する賢者の薔薇園というメタファーがこれら対になるものの存在の上に成り立っていることを示しています。
賢者の薔薇園 第2図 王と王妃の出会い
次の第2図は、王と王妃の出会いと呼ばれ、色々な解き方があるようですが、その一例を紹介します。
王と王妃が左手を下の方で握り合っているところは、不吉で暗いもの、そしてタブーを犯す低次元な交わりを表しています。
反対に右手の花は鳥を介して交わっているので、霊的な結合、天を意識した高次元の交わりのイメージ。
これは、心理学的に見ると、転移の始まりとして見ることができます。
お互いがお互いを指示しているところから、背徳感のある鏡的な状態が生まれました。
ですが、その関係の中にこそ、第三の存在である聖霊が下りてくるとして鳩が象徴的に描かれていて霊的な状況を作っているのです。
元々、賢者の薔薇園をはじめ錬金術書は死の世界を踏まえた上での本です。
だから、太陽と王という陽の世界の生、月と王妃という陰の世界の死が、対になって描かれていることも重要なポイントでしょう。
賢者の薔薇園 第3図 王と王妃の裸
第3図の王と王妃の裸は、裸の真実ともいわれ、服を着ていた王と王妃が生まれたままの裸となって向き合っている絵。
第2図では左手と右手の位置とつなぎ方が違いましたが、ここでは、左右の手が同じようになっており、そこに、霊的な存在のシンボルである鳩がいます。
それぞれの頭の上にある言葉は、左が「月よ、あなたの夫になりたい。」であり、右は「あなたの思うままになります」であり、真ん中の歯との上にあるのが「これは結びの霊である」としています。
ユングは王と太陽を顕在意識、王妃と月を潜在意識、無意識としています。
この第3図の注意書きには、「神を恐れよ、この術と奥義に参入しようとするものはうぬぼれという悪徳を捨てなければならない」と書かれました。
錬金術に限らず、どの世界でも、うぬぼれている人は成功しないということを示しているようにも取れる文章ですね。
賢者の薔薇園 第4図 浸礼
第4図は浸礼、沐浴となっています。
この寓意画は無意識への下降を意味しているともとらえられます。
王と王妃は器となる盤の中に入っていきます。
その盤の中はメリクリウスで満たされた状態。
メリクリウスとは、水銀のことで、金属でありながら液体であるという相容れない性質を持ち合わせています。
そして、水銀はその相反した存在から、あらゆる対立したものを溶かす性質を持っていると考えられていました。
そのメリクリウスという水銀に浸かって王と王妃はともに溶けて、形を失い、もとの原初の暗い混沌とした状態へと戻っていくのです。
賢者の薔薇園 第5図 結合
第5図結合では、王と王妃が暗い液体の中で結合しています。
この二人の結合の中では、鳩も花も消えており、結合を予感させるものの存在は不要なのです。
転移の心理学で、ユングはこう述べています。
「妻は白く輝きながら赤みを帯びた夫と愛し合った。
互いに腕を絡ませて夫婦の交わりの中でもつれ合うと、二人は溶けて完成という目標に急いで近づいている。
二つであった身体がまるで一つのようになる。」と。
また、この絵の説明では、「母なる海であるベーヤが王であるがブリクスに覆いかぶさり、彼をその子宮に閉じ込めた。」と記載があります。
生の世界のシンボルである王がブリクスを、王妃の死という本性の中に完全に取り込んで分離できなくなっているのです。
賢者の薔薇園 第6図 死
次の第6図は、死。
王と王妃の二人は頭は二つでありながら、身体は一体となっています。
沐浴していたメリクリウスの泉は石棺となり、原型はもはやなく、完全に死んでいる状態。
生と死、男性と女性、光と影、相反する二つが溶解して混ざり合い、両方の在り方を持った一体となっているのです。
この第6図の初めに、「一方の解体は他方の産出を意味する」とあり、死が次の産出につながることを示しているのでしょう。
また、「霊と身体を表す2人は死んだ。そして魂は大いなる苦悩を抱きつつ彼らから去る」とも書かれており、次の魂の上昇へとつながっていきます。
この第6図をユングは、錬金術書によく出る黒い太陽、または、黒化がこれであると指摘しました。
賢者の薔薇園 第7図 魂の上昇
次の第7図は、魂の上昇。
第6図で死を迎え、魂が一つとなって腐敗した肉体を離れていくのです。
ここでは、魂が上昇するのと反対に、肉体はさらに下へと、下降していくことが描かれました。
こうして、魂と腐敗した身体、上昇と下降という対極によりまた分離していくのです。
そしてこの図の面白いところは、小さい人になった魂が昇っていく先が混沌とした雲であるところ。
天国ではなく、天井の星でもなく、カオスのように見える雲へ魂が向かっているのです。
賢者の薔薇園 第8図 浄化
第8図は浄化。
小さい人になった魂は、天に昇り終えた後、腐敗した肉体にその天から雫が落ちてきます。
この点から降り注ぐ雨により黒く腐敗しきった肉体は浄化されました。
この浄化は錬金術でいう白化、アルベドと呼ばれる状態。
次に来るのは、始まりであることを意味する第8図の浄化。
主体が天に昇って、天国に舞台が移るのではなく、あくまでも現世での世界観が中心であるのが賢者の薔薇園の特徴です。
賢者の薔薇園 第9図 魂の帰還
第9図は魂の帰還。
黒化した身体が第8図で浄化されて白化したので、小人になった魂が右上から降りてきました。
解けて混ざり合った王と王妃が一つとなっているところに魂が戻ってくるという完成に近い状態。
ですが、その王と王妃が魂を迎えている霊的な場面の下では、地面に埋まっている鳥にもう一羽の鳥が話しかけるように向き合っています。
これは、現世の出来事は、完全なもの、霊的なものがあるそばで、不完全なもの、世俗的な事象があるということ。
完全なる霊的な完成を見るものもいる横で、相変わらずな日常が繰り返されているということの表現です。
ところで、この第9図魂の帰還の注意書きでは、「灰を侮ってはいけない、あなたの心臓の王冠であるから。」とあります。
ここでいう灰とは、肉体が死んだ体のことですが、浄化によって、黒化した肉体でも復活するという意味を含んでいるとみることができるでしょう。
賢者の薔薇園 第10図 新たな誕生
賢者の薔薇園の最後の第10図は、新たな誕生。
再び起き上がった王と王妃の肉体に魂が戻ってきており、両性具有者として身体と魂が融合した存在として復活しています。ユングはこれを原人の感性と呼びました。
その完成された王と王妃の横には、百合を象徴した知恵の植物があり、賢者の薔薇園の初めには存在していなかった地面が第10図の新たなる誕生ではしっかりと描かれています。
足元に悪魔を意味するカラスがいるのは単なる霊的で精神的な結合ではなく、肉体で物質的な物との統合も意味しているから。
臨床心理の世界で、こころの問題を精神的な物としてだけとらえると、行き詰まってしまうことも。
心理的なカウンセリングは、生と死、精神的な物と物質的な物、男性と女性、陰と陽、黒と白、対極に位置する存在を一つに融合させることで新しい世界が開けるのです。
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まとめ
以上、「賢者の薔薇園を図解!錬金術書の哲学者の薔薇園をモデルにした解説付」をお伝えしました。
ユングの説明する賢者の薔薇園では、このように、人格が変容していくプロセスがありありと描かれています。
しかし、それ以上に重要なのは、一方の人格が他方の人格を飲み込んだり、同化したりするのではなく、王と王妃に代表される対になる存在が、1つとなり一緒に変わっていくこと。
この変化の最初は、一見不吉で暗いものから始まりましたが、黒化、白化を通じて両性具有者として復活しています。
このように、不可能である次元の世界も、現実にあなたの目の前に現れてくるのです。
これが、黄金を作り出すという不可能なことを可能にしようとした錬金術の正体。
そして、この錬金術の考え方が、心理療法における精神的な解決へ向かう道に似ているから、ユングは錬金術を臨床心理の世界観に持ち込みました。
つまり、相反する葛藤を乗り越えるためには、一方的に片方を抑え込むのではなく、両者を融合して新しい世界観をあなたの中に創ることともいえるのです。
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